井戸端people

2024年03月22日

子どもや保護者が心を休める“保健室“ 森の保健室ヒュッゲ 小栁 順子さん

今回の井戸端peopleは、学校生活の悩みを持つ子どもや保護者の居場所「森の保健室ヒュッゲ」を開いている小栁さん。ヒュッゲとは、デンマーク語で「心地よい空間や時間」のこと。この場所で、子どもたちはボードゲームで遊んだり、楽器を弾いたり、思い思いの時間を過ごします。その傍らでは同じ悩みを持つ保護者同士がつながる場にもなっています。
小栁さんがヒュッゲを開いたきっかけは、自身の子どもが一時不登校になったこと。親として悩んだ経験から、不安な時間を過ごす親子がホッと安らげる場所を提供したいと始めたそう。ここでは、同じ経験を持つ一人の親として、利用者と同じ目線を心掛けています。
小栁さんは「心が疲れてしまった時、一歩踏み出す勇気を親子でゆっくり取り戻す場になれたら」と話します。ヒュッゲは、廃校を活用した交流の場「うつつ川・森のぶんこう」で、祝日などを除く毎週月曜日の午前10時30分~午後3時に開いています。

 

Q.ヒュッゲはどんな場所?
「森の保健室ヒュッゲ」を、高城台小学校の分校として数年前まで使われていた校舎を活用した「うつつ川・森のぶんこう」で開いています。周りは田畑も多く、緑に囲まれていて、ゆっくり過ごすのに最適な場所なんです。
来てくれる子どもたちは小学生、中学生が多く高校生も少しいます。安心のためにも原則として保護者さんと一緒に来ていただくようにしています。また、保護者さん自身が悩みを持つ場合も多いので、ここで保護者さん同士がつながることで安心を感じていただきたいんですよね。
利用者数は1日2組から10組くらいです。最初は毎週来ていた子が、やがて学校に復帰したり、学校に行きながらたまに訪れたり、それぞれですね。子どもたちにとって、ここで時間を過ごすことで、癒されて元気になっていく場であってほしいなと思っています。

 

───子どもや保護者さんたちは、どんな過ごされ方をしていますか?
ヒュッゲは好きな時間に来て、好きな時間に帰っていいんです。特にルールはなくて、基本は自由にしていいよっていう場所です(笑)。おしゃべりをしたり、外で遊んだり、あとボランティアの人たちが来てくれて子どもたちと一緒にボードゲームなどで遊んでくれたりもします。保護者さんたちは、そんな様子をみながら悩みを分かち合ったり、情報交換したりということが多いですが、雰囲気はママ友の集まりみたいな感じです。
それと、子どもたちのためにイベントを開催してくれる方たちもいます。ペインティング、お皿やクリスマスのリースづくり、音楽のイベントなどをこれまで開いてきました。よくイベントを開催してくださる方の一人は、ご自身もお子さんのことで悩んだ経験があって、そういう同じ思いを持った方や活動に共感してくださった方が、子どもたちが楽しめる機会を提供してくださっています。

 

Q.ヒュッゲを始めたきっかけ
私の長男は、もともといろいろなことに挑戦する元気な子どもだったんですけど、高校2年の冬に突然不登校になってしまったんです。置かれている環境の中で、いろいろな要因が重なってのことだと思います。通っていた高校では、大学に行くために必死に勉強している時期でした。でも、不登校に至る心の状態というのは、生きていくためのベースになる力も失われ、本人は今日や明日を生きることすら精一杯という状態で、勉強どころではないんですね。それでも、高3に上がるとき、本人が卒業したいというので、学校との協議も重ね、私たちも子どものペースを大事にしながらサポートする中で、少しずつ登校できるようになり、どうにか単位を取得し卒業しました。そして、卒業後はデンマークに留学したのですが、そこに至る手前では、この子にどうやったら将来の夢や希望を持たせてあげられるか、私も夫も随分悩みました。子どものつらそうな姿を見て、そこで親もすごく悩むっていうことを体感したし、この経験がなかったら、実際の痛みみたいなものはわからなかったと思います。同時に、不登校には誰でもなりえることがわかって、何かできることはないか考えるようになりました。でも、なかなか行動には移せなかったのですが、コロナ禍で「誰かのために」と自ら動いている方々の姿に心を動かされ、2020年5月に活動を始めました。寄り添ってくれる人の存在が大きな支えになるということを私自身が実感したので、同じ悩みをもつ子どもや保護者さんが「ありのままでいられる居場所」としてヒュッゲを開くことにしたんです。
今では私のほかに、ボランティアとして来てくれる方たちもいます。ずっと来てくれているボランティアの女の子は、もうすぐ保健の先生になるんですけど、自分が学生の頃にそういう子がいても何もできなかったっていう思いがあったそうで、すごくよく手伝ってくれています。それに保護者さんたちも、当事者としてそういう場を自然とつくってくれています。

 

Q.ヒュッゲで小栁さんが心がけていること
とにかく「普通」にしていることですね(笑)。自分の子どもが不登校になった時、たぶん最初の頃はすごく心配そうな顔をしていたと思うんですけど、しばらくしてからは、何事もないような顔をしてニコニコ「おはよう」って言うようにしていたんですよね。どんな状況であっても、あなたはあなただし、ママはママで変わらないよという気持ちの表現で、私はそれがとても大切だと思っています。
ヒュッゲの子どもたちにも「学校の友達にはどうしてほしい?」って聞いたことがあって、返ってきた答えも「普通にしてほしい」だったんですよね。
それとヒュッゲでは、同じ経験をした同じ思いをもつ普通のお母さんとして利用者さんたちと接するようにしています。ヒュッゲを始めた頃には、子どもの一生がかかった大切な時間に関わることの重さを感じて、大学の通信課程で心理学や教育学、地域学などを学び直しました。そこで改めて居場所の大切さも感じましたし、自分の役割というようなものも考えて、アドバイスよりもじっくりお話をうかがったり、場合によっては経験をお話ししたりもしながら、人が相互に作用する力を感じつつ、場による癒しというものを考えています。
子どもが不登校になると、自分の子育てが間違っていたんじゃないかって思う保護者さんも多いんですよね。私も自分を責めていた時期がありました。でも、そう思うっていうことは、結局今の子どもを否定しているのと同じだなって気づいた時があって。だから学校に行っていようと行っていまいと、今のあなたでOKだよ。とにかく安心して大丈夫なんだよっていうことを、言葉で伝えるよりも、感じてもらえるような関わり方や空間になるように心がけています。

 

Q.ヒュッゲで生まれる交流のエピソード
始めて利用される方はやっぱり緊張されますね。不登校って自分の意思で学校に行かないわけじゃなくて、いけない状態にある子が多いです。他との関わりに怖さを感じることもあるし、新しい場所に行くのは大きなパワーがいることなんですよね。だから、そんななかでもここに来てくれたことの重みを私自身も感じます。でも同じ痛みをわかる人たち同士でもあるし、ボランティアや子どもの中でも自然に打ち解けることができる子がいたりして、そういう力を頼もしく思っています。
不登校の子どもたちの中には、保護者さんと離れることに強い不安を感じる子どももいます。ある保護者さんは、自分のもとから離れてボランティアや他の子どもたちと一緒に遊んでいる姿を見て涙ぐんでいらっしゃいました。不安感から自分と離れられなかった子が、元気に遊ぶ姿に胸を打たれたのですね。お子さんと共にがんばってこられたお母さんを他の子どもたちが癒してくれたんです。
私自身は、保護者さんの話を聞く方が多いので、横目で子どもたちを見守っていると、最初は緊張していた子どもが、楽しそうに輪に入っていたり、さらに進んで新しく来た子を気遣ってあげたり、それぞれの変化や成長を感じることがとてもうれしいです。ある女の子は、みんなのために毎週スイーツをつくってきてくれるんです。そんな風に、子どもたちは自然にお互いを気遣うようになるんですね。自分はその子がいることで支えられているし、逆に自分が誰かにとっての支えにもなっているみたいな、一人一人が、誰かにとっての癒しや喜びのもとになっている、自分がそういう存在であるということを、子どもたち自身がこの空間の中で感じてほしいなと思います。

 

Q.活動の原動力
ヒュッゲを開いて4年、私自身がいろいろな感情を味わえたし、一緒に本当に楽しい時間を過ごしてきたので、だからこそ続けて来られたんだと思います。
不登校の時は、自信を失って、それぞれが持っている自分のよさを自分自身が気づけなくて、意欲も失われてしまうんですよね。そんな子たちが、ここで安心してありのままの自分で過ごすことで、次の一歩を踏み出す意欲を取り戻していく姿を見られた時には、本当にうれしく思います。
それと、いろいろな方の優しさに触れる機会も多いです。利用者さんには、施設利用料とボランティア保険代として一人300円だけいただいています。そして、その負担も減らすために、子どもの分のチケットを他のどなたか思いがある人が買ってくれることによって無料にする「ペイ・フォワードチケット」をつくったんです。ここでイベントを開いてくださる方がまず賛同してくれて、イベントの参加費をペイ・フォワードチケットに使ってくださって、その後も同じように協力してくださる方がでてきました。そういう方たちがいることを子どもたちが知ることは、自分を支えてくれる人たちがこんなにいっぱいいるんだって、安心感につながると思うんですよね。
不登校になると子どもも保護者さんも何か悪い未来を考えてしまいがちになると思うんです。でも私はいい方の未来を想像してほしいなって思っています。「大丈夫」っていう思いで過ごしている毎日の方が明るい未来に近づけると学びを通しても感じたので。何年か後に、今ここに来る子たちがヒュッゲをまた訪れて、今度はサポートが必要な子どもたちや保護者さんたちを支えたり、「そんな時もあったね」って言って同窓会のように楽しくおしゃべりできたりしたら素敵ですね(笑)

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森の保健室ヒュッゲ(うつつ川・森のぶんこう 現川町1912)
毎週月曜日10:30~15:00(祝祭日・学校休暇期間を除く)
利用料金: 1人300円 (施設利用料・保険代) ※原則、親子で利用(中学生以上要相談)

【ホームページ】
https://junkosoteta.wixsite.com/website

【Instagram】
https://www.instagram.com/m.h.hygge/

 

 

〈こぼれ話〉マザー・テレサのもとでのボランティア
若い頃、私自身がつらい時期があって、一念発起してインドのマザー・テレサの施設で数日間ボランティアをさせてもらいました。そこでマザーに実際にお会いして、マザーたちの活動や信仰から生まれる実りを体感しました。その施設は最初マザーが1人で始めたんですが、その後たくさんの人たちが加わって活動が広がっていったんですね。ヒュッゲの活動を続けるにつけ、その時の体験をよく思い出しています。